※『本作品では作者の勝手な催眠理論が展開されちゃってます。一応本に書か

れていたものを引っ張ってきたつもりですが・・・恐らく私の思い込みとか反

映されちゃってます。それをご了解の上、本作品をお楽しみいただけるようお

願い致します。』

 

<序章>

真っ暗。

今の私の状況を表す最適の言葉だと思う。右も左も、上下すらも分からなくて・・・

 

自分が浮いているのか沈んでいるのか、それとも落ちているのか、すべてが分

からないという感覚。

そんな感覚に、よく似ている。

しかし実際に私の周りにあるのは暗闇という確かな「無」ではなく、すべてが

白い「虚無」だ。

あるようで姿は見えず、知ってるようで分からず、そういう感じ。

 

私は、私という人格が信じられなくなっていた。

 

今の私は本物なのか、それとも偽物なのか。疑いだしたらキリがない。

「何が,いけなかったんだろう」

半ば発狂してしまいそうな私―――本物か偽物かすら分からない私は、一心に

記憶の糸をたぐい寄せる。

全てが偽物である可能性を孕んでいる記憶。

記憶は記録とは違い、確かな確証がない。その曖昧なものの中から―――

「あっ・・・」

一つ、本物だと確信できる記憶があった。それは全ての始まりとなったあの日。

 

あの道化師との出会いの日だった。

 

 

<本章、前編>

桜も散り始めた四月の終わり。

ゴールデンウィークも目前に控え皆が浮き足立っている中、高校二年になった

私もまた,迫りくる連休を心待ちにしていた。今は四限目の授業中で、ちょう

ど現代文の授業。特に真面目な生徒でもない私は、先生の話を聞くことなく外

の風景をぼんやりと見ていた。私の席は窓際の一番隅っこで、のんびりとひな

たぼっこをするには最適の立地条件というわけだった。

そしてそのまま私は先生の眠たくなる声をBGMとし、ウトウトと眠っていっ

た・・・

 

私には幼なじみがいる。隣の二組にいる大月浩司(おおつき こうじ)だ。

浩くんとは家も隣で、お互いの部屋も窓越しに一メートルもないという距離に

あった。もともと私のお父さんとお母さんが向こうの両親と昔から仲が良かっ

たらしく、家を隣にしたのもそのためだったらしい。

そしてその子供である私と浩くんも自然と仲良くなっており、よくお互いの部

屋に行って遊ぶのが日課となっていた。

けど、年がたっていくにつれてそういう機会も少しずつ減っていった。

お互いが異性であることを意識しはじめて、何となく二人で遊ぶということが

恥ずかしく思えたからだ。

高校に入ってからは廊下で出会ったとしてもすれ違うだけだった。

だが、接点が消えたわけじゃない。それは―――

「・・・か・・・弥香・・・」

――――――ん?

「起きろ、沙弥香。・・・沙弥香〜?」

「・・・ん、うぅ〜ん・・・」

「あぁ、起きた。おはよう、沙弥香。」

「・・・おはよう」

重い瞼を無理矢理あけて、目の前の友人を見る。

目の前には、心底面白いといった顔をしたクラスメイトが一人、

「西田先生がすごく怒ってた。後で職員室に来いってさ。」

「・・・何で起こしてくれなかったのよぉ、未来。」

彼女の名前は、林未来(はやし みく)。私の一番の親友と言っていいくらい

仲が良い。彼女の席は私の隣で、私たちはいつも授業中とかにコソコソと話し

たりしている。

「いやいや、起こそうと思ったんだ。けど・・・」

「けど?」

「起こさない方が面白そうだったから」

ズコーッ

あぁ、そうだった。彼女はそういう人だったんだっけ。

成績優秀で、運動神経も抜群で、一見して完璧に見える彼女だが、ただ一点だ

け欠点がある。どこか抜けているというか、考え方が人と違うというか・・・。

とにかく、彼女はなぜか人と違ったオーラを持つ人なのだ。だからか、私はど

こか抜けている彼女に対して気兼ねなく話すことができるし、彼女もまた私が

気に入っているらしく、こうして今の関係ができているというわけだ。

「それよりいいのか?お弁当食べなくて。」

「えっ?」

ふと時計を見る。時刻は十二時五十分を指している。昼休みもあと十分で終わ

ってしまうという時間になっていた。

「あーっ!!もう、何で起こしてくれなかったのよー!」

私は無我夢中でご飯を口の中にかき入れていく。

その光景を見つつ、未来は嬉しそうに

「しょうがないじゃないか。沙弥香の寝てるときの顔、すごくかわいいんだか

ら。・・・なにか、起こすのがもったいなくってな。」

「なっ、な・・・」

思わず、ご飯をのどに詰まらせる。私は慌ててお茶を飲み、それから―――

「な、なに言ってるのよ!」

大声で怒鳴りつけた。教室にいる皆が一斉に視線をこちらへと向ける。

私は自分がした事が今となってようやくわかって、一気に恥ずかしくなる。さ

らに未来はそれに拍車をかけるかのごとく

「自分では気づいてないだけだ、沙弥香。沙弥香は本当にすごくかわいい。・・・

私が食べてしまいたくなるくらいだから。」

カアッと頬が一気に上気する。

「えっ・・・あ・・・えっと・・・その、あの・・・」

言葉がうまく出てこない。頭までのぼせたようで、何も考えられない。

「かわいい」と言われて喜ばない子はいないと思う。私も確かに嬉しいと思っ

た。

け、けど・・・

(た、食べてしまいたいって・・・)

私はチラッと未来の顔を見る。

未来は私と違って端正な顔立ちで「かわいい」というより、どちらかといえば

「綺麗」といったところだろう。身長の方も私よりも高く、艶のある黒髪がと

てもよく似合っている。綺麗な外見で、男口調なのが少し不自然だけど。

そんな子が私に対してかわいいと言い、そして・・・

もちろん私にはそっちの気はないが、それでもやはりドキマギしてしまう。

「なぁ」

「ひゃっ!?」

突然、声をかける未来。そして、突然のことに驚く私。

「味見・・・してみても、いいかな?」

・・・えっ?

本当に突然。もう、私の頭が状況についていってない。

そんなことはおかまいなしに、未来は私の手をつかんできた。そして・・・

「わっ、ちちょっと未来!?」

未来は舌を突きだし、私の手の甲をなめようと顔を近づけてきた。

微妙に出た舌は真っ赤できれいな色をしており、一瞬、その舌でなめられるこ

とを想像した。顔が火照ってしまう・・・

胸の動悸が止まらない。どんどん早くなっていく!

私はとっさに目をつぶった。

・・・・・・・・・

「あ、あれ?」

何も、起こらない・・・

私は、目をあけてみた。

「ぷっ・・・くくっ・・・」

そこには私の手を握りつつ、身をよじって懸命に笑いをこらえてる未来がいた。

 

「えっ?あ、あの・・・その・・・」

「あははっ・・・沙弥香ってば、本当にかわいいなぁ。耳まで赤くしちゃって

さぁ。」

「あ・・・うぅ・・・」

く、くそぅ。今の私じゃ、何を言っても勝てそうにない・・・

その時、まるで見計らったかのように

ゴーン、ゴーン

お昼休みが終わるチャイムが鳴ったのだった。

「へっ?」

ちなみに、私のお弁当箱にはまだ半分以上もの量がつまったまま。そして、次

の授業は体育。確か、今日は女子はハンドボールだったような気がする。

私は、今日生きて帰れるのだろうか・・・

私は中身がつまったままのお弁当箱から、未来へと視線を移す。

事件の張本人は、終始笑っているだけだった。

 

 

「なぁ・・・沙弥香?」

「・・・・・・うん?」

あの地獄のような体育の後、さらに追い打ちをかけるかの如く私の苦手な数学

の授業のせいで、私の体力は既に底をついていた。いや、それだけに飽き足ら

ず、限界の底にさらに穴を掘っているような感じだった。・・・恐らくは、削

岩機か何かで。

「い、生きてるか?」

「・・・・・・うん?」

今は放課後。ようやく私は残っていたご飯を食べることができるはずなのだが・・・

 

「・・・・・・」

「・・・・・・うん?」

なんて言うか、あまりにおなかがすきすぎているせいで逆に食欲が湧かないっ

ていうか。

あ、ほら。あまりに空腹の時にご飯を一気に食べてしまうと、死んでしまうっ

ていうやつ。きっと今の私がその状態なんだ・・・

「いや、それ何日も食べてない人の場合だから。」

「私の気分も何日分よ〜」

「・・・もう、何をいっているのかわかんないぞ、沙弥香・・・」

ん、ちょっと待って?私、いま口には出してなかったはずなのに・・・

「さぁ、なんでだろうなぁ?」

「・・・人の心、勝手に読まないの。」

まったく・・・未来も味わってみればいいんだ。

そうだよ。私がこんなにも苦しんだんだから、今度は未来の番のはずだよ。来

週になったら、未来のお弁当を取り上げてしまおう。うん、そうしよう!

「ん〜、でも私は沙弥香みたいに食い意地張ってないから大丈夫と思うが?そ

れに・・・」

「食い意地って・・・」

「来週はゴールデンウィークの真っ只中だ。」

「あっ・・・く、くうぅぅ」

ゴールデンウィークさん、今この瞬間だけだろうけど私あなたが憎いです。

「・・・って」

「手?」

「だからまた私の心の中を読むなー!!」

 

「それで・・・沙弥香、この後どうするんだ?」

「この後?」

「用事がなければ帰りにお詫びということで、ケーキでも奢ってやるよ。駅前

の所のケーキ、沙弥香好きだろ?」

「う〜ん、そうしたいのは山々なんだけどさ・・・今日はちょっと無理かな?」

 

「ん?なんで。何か今日・・・あぁ、そうか塾か」

「えへへ、そういうこと。」

「そっか・・・それならばしかたがないな。いくら食いしん坊の沙弥香でも、

それだけは絶対に外せないもんな。」

「あぁ、でもいつか必ず奢ってもらうからね、ケーキ。」

「・・・ははっ、結局どっちも取るのかい。」

倒置法を使ってまでケーキを強調した私は、そのまま未来と別れて塾へと向か

ったのだった。

「まったく・・・塾に行くためにケーキを放棄するとはな。まぁ、沙弥香の本

当の目的は塾じゃないみたいだが・・・」

誰もいない放課後の教室で未来は一人、笑いながら呟くのだった。

 

私が通っている塾は週二日のペースで毎週水曜日と土曜日に行われている。そ

して水曜日が英語、土曜日が数学というような感じだ。

実を言うとこのあたりでも抜群の進学率で、教え方がうまいと評判の所なのだ

が・・・依然、私の成績の右肩上がりはない。毎回かかさず出席しているのに、

だ。まぁ・・・

「授業なんて、あんまし聞いてないんだけどね〜」

おかしな話だと思う。塾にいくのは大好きなのに、授業を受けるかというとそ

うでもない。

勉強以外の理由で塾に行く人なんて、そうそういないだろう。

特に、私のような不純な目的で来てるような人は。

私が塾に来る理由、それは・・・

「あ、来た来た。・・・お〜い、浩く〜ん!」

ここの塾に、浩くんも一緒に来ているからだった。

 

「こ、こら。そんなに大声をだすなよ、恥ずかしいだろ。」

「まあまあ、いつもの事じゃん。ほら、隣座りなよ。」

「・・・ったく」

そういって、不機嫌そうに浩くんは隣に座る。・・・これも、いつもの事。

「それよりさぁ・・・浩くん?」

「・・・何だ?」

明らかに、さっきより不機嫌な表情。いや、不機嫌というより・・・

「宿題、やってきてる?」

呆れてるといった方が正しいだろうか。

「おまえ・・・はなからやってこようとかいう気、ゼロだろ。」

「えへへ〜」

「えへへじゃない。毎度毎度のことながら、ここまで来ると怒りとか通り越し

てなんて言うか・・・感服に値する。」

「いいんだも〜ん。私はやってないけど、ちゃんと浩くんがやってきてくれて

るもん。そのためにわざわざ浩くんの席もとっておいてあげてるんだよ?」

・・・まぁそれもあるけど、本当は違うんだけどねぇ。

「仕方ないだろ。同じ学校とはいえ、おまえとは違って生徒会の仕事が俺には

あるんだから。ただでさえ人手が足りてないっていうのに俺まで抜けてしまっ

たら、会長達はよけい負担をおうハメになるんだぞ?」

「でも未来が言ってたけど・・・浩くん、他の役員達よりすごく働いているら

しいじゃない。しかも毎日。・・・一日くらい、休んだって誰も文句は言わな

いよ。」

そう、浩くんと未来は実は生徒会役員。浩くんは書記長で未来は副会長という、

結構重要なポストについているのだった。そのプレッシャーのせいか、二年に

なってから浩くんはずーっと働き通しなのだ。すれ違うことがあっても、必ず

何か仕事をしているくらいに・・・

「プレッシャーなんかじゃないよ。ただ、何かやってないとなんだか落ち着か

ないんだ。自分にできることはなるべく自分でやっておきたいからな。」

「それがプレッシャーなんだよ。私はそれが心配で・・・って、なんで何も言

ってないのにわかるの?」

「いや、おまえってさぁ・・・考えてることがすぐ顔にでるから、言わなくて

もなんとなくわかるんだが・・・気づいてない?」

「うーん、そんな顔してたかなぁ・・・」

私は両手で顔を触りながら答える。・・・別に変な所はないみたいだけどなぁ。

 

「ま、おまえが気にすることじゃないよ。俺は大丈夫だから、あんまし気にす

るな。」

「・・・うん」

その日も何事もなく普通に授業は行われていた。浩くんは一生懸命にノートを

とっている。私はというと、そんな浩くんを横に午後の疲れを癒すため、睡眠

学習を・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

「おい、起きろ。いつまで寝てるつもりだ?」

「・・・はっ!」

気づけば、時刻は九時すぎ。ちょうど授業が終わった頃だった。

 

「おまえってさぁ・・・何のために塾にきてるんだ?」

「えっ?」

塾からの帰り道、浩くんは不思議そうに聞いてきた。

「塾ではずーっと寝てるし・・・親の言うことだったとしても、サボったりせ

ずにちゃんと毎回来ているし・・・ホント、何なんだ?」

「う〜ん・・・」

軽く腕組みをして、考えるポーズをとる。そうして、導き出した答えは・・・

「よく、わかんない」

ズコーッ

前のめりに倒れ込んだ浩くん。起き上がった浩くんは、私を見ずに一言

「本当に、変なやつ。」

と不機嫌そうに言って、歩きだした。

実のことを言うと、本当に私にもわからないのだ。塾に来ている理由は、別に

勉強のためではないのは重々承知だ。だからといって、親の方でもない。当初

は親が強制していたが、私の学力が上がらないのをみて辞めさせようとした時

期があった。実は今もこうして塾に通っていられるのは、私自身が強く塾に行

きたいと親に伝えたからだった。

「多分・・・」

私は、前にいる幼なじみを見る。

「ん?」

彼は、そっけなさそうにこちらに振り向いた。

私は、多分浩くんのためだけに塾に来ているのだろうと思った。

「どうした?」

「ううん、何でもないよ。」

軽く走って、私は浩くんを追い抜かす。そして振り返って一言、

「もしかしたら、浩くんとこうやって帰れるからなのかもね。」

と言った。冗談まがいの言葉だが、浩くんは

「ば、ばかっ・・・そ、そんなわけが・・・ない、じゃ・・・ない・・・」

と、最後の方はモゴモゴ口調で言葉を紡ぎだしてた。顔を真っ赤にして、本気

で恥ずかしがっていた。

私には今の浩くんが心底可愛く思えた。子供の頃とは違って、身長も顔立ちも

すっかり男の子になった浩くん(声は相変わらず高いままだが・・・)。だが、

一方で子供の頃と何ら変わりない部分もあったりする。こういう照れ屋さんな

所とか、まさにそうだったりする。そういえば昔から浩くんをからかっては、

よく遊んだものだった。おかげで浩くんは、何かと私に対して頭が上がらない

ようになっていた。

そんな可愛い状態の浩くんを見ながら、私はふと思った。私は、本当の所浩く

んをどう思っているのだろうか、と。

もしかしたら、私は浩くんのことが

(好き)

なのかもしれない・・・

「う〜ん、でもなぁ・・・」

何か違うような気がしないでもないような・・・本当に、よくわからなかった。

 

 

「あっ、もう着いた。なんか今日は着くのがはやく感じるなぁ・・・って、浩

くん?」

「・・・・・・」

浩くんは、さっきからずっとうつむきながらモゴモゴしっぱなしだった。

「・・・こ、浩くん?」

「・・・あ、あぁ。どうした?」

「いや、家着いたんですけど・・・」

「あぁ、そ、そうみたいだな。」

「そうみたいだな、って・・・。本当に大丈夫?」

「へっ?な、なにが。」

「その・・・頭とか。何か悪いものでも食べたんじゃないの?もしくは、道端

に落ちてたものをひろったりとか。」

「俺はおまえとは違うわー!!」

その怒り顔にいつものような元気さを感じて、思わず笑ってしまう。

「な、何がおかしいんだよ。」

「いやー、何でもないよ。・・・じゃあね、浩くん。」

「お、おぉ。・・・じゃあな。」

そういって、それぞれの家へと帰宅する。私は家に上がるなり台所へと直行、

そして少し遅めの夕食をとることにした。いつも通り母さんはおらず、代わり

に前もって作られたご飯が冷蔵庫にラップされてあった。それらを電子レンジ

にいれ、その間にカバンなどの荷物を自分の部屋へともって上がる。階段を上

がり、廊下の突き当たりのドアをあける。近くにある電気スイッチを入れると、

私の部屋が朝と同じ状況でそこにあった。

「・・・あはは、まぁ私が悪いんだけどね。」

遅刻寸前で、慌てて脱ぎ捨てたパジャマ。持っていくものが見つからなくて、

急いで捜し回ったためにぐちゃぐちゃに荒れてる机。他にも引き出しが全部開

かれたタンス、すっかり皺になってしまったベットのシーツ、etc、etc・・・

まるで空き巣にでも入られたような惨状だった。

こんな惨劇が毎日だから、たまったもんじゃない。とはいえ、元はといえば前

日の内にあしたの用意をせず、しかも朝に寝坊してしまう私が悪いのだが・・・

主に、いや全面的に。

「これを片付けるのが慣れる前に、なんとかしてこの性格を直さないとなぁ・・・。」

 

そう自嘲し、ふと窓を見ると・・・

「一一一一一一一一一っ!?」

「・・・・・・よ、よぉ。」

窓の外に、浩くんがいた。浩くんは、困ったようにこっちを見ている。・・・

上半身裸で、しかもズボンに手をかけいまにも引き下ろすという状態で。

かくいうこちらも、この部屋の状況を見られており・・・非常に恥ずかしい状

態だ。

お互いに硬直状態。まるで時が止まってるかのように一歩も動けない。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

双方、動けない。その時、不意に

チーン・・・

という電子音。下の電子レンジの音だ。

その音を合図に、私は日ごろだせないような神速の速さで階段へと駆け出した。

もちろん、カーテンを閉めるのを忘れずに。

浩くんは、突っ立ってるままだった。

 

「しまったぁ・・・」

ため息まじりに私は、自分の行動を悔やんだ。そういえば、朝にカーテンを開

けたような気がする。なんでかは、よく覚えていないが・・・っていうか、な

んで浩くんも開けてるんだろ?

最後に残ったサラダを食べながら私は一人考え込んでいた。

時折頭に浮かび上がるのはさっきの浩くんの姿。私は頭を思いっきり振って忘

れようとする。

痩せ過ぎず、かといって太り過ぎてもいない平均的な体つきに筋肉がついてそ

の姿は完全にテレビとかにでてくる男の人の姿だった。

「・・・って、いかんいかん。また思い出してる。」

浩くんがズボンを降ろしてなくて本当によかった。いや、降ろしてなくてもよ

くはないのだが・・・

「もし脱いでたら、夢にまででてきそうだもんね。」

そう、こういう時は早く寝るに限る。そう勝手に決め込んだ私はさっさとお風

呂を済ませ、パジャマへと着替えてベットへと入った。

こうして私は部屋をそのままに、そしてあしたの用意もせずに就寝し、予想ど

おりに次の日も遅刻ぎりぎりで部屋を前回を上回るほどに散らかして学校へと

走って行ったのだった・・・

 

 

「自殺?」

いきなり飛び出した単語。私は、未来のいったことがよく理解できなかった。

今日は五月二日の金曜。あれから二日たった日のことだ。場所は教室。今はお

昼休みで私と未来はお弁当を食べ終え、団欒としていたところだ。

していたところに、これである。・・・いったい、コノヒトハNANIヲイッ

テイルノデショウ?

「沙弥香はしらないかもしれないが、学校では大騒ぎの話だ。生徒会だと、全

学年の生徒が集まるからこういった話はすぐに入ってくるんだ。」

「一年の女子らしいんだが、自室でリストカットしたらしい。そしてそのまま、

失血によるショック死で・・・」

「だが、な・・・おかしなところがあるんだ。」

未来は腑に落ちないといった感じでその話に付け加えた

「おかしな、とこ?」

「亡くなる数日前、クラスの友人に話してたらしい。『願いがかなったんだ!』

って、嬉しそうに・・・」

「・・・・・・」

それは、確かにおかしな話だ。その話を聞いてると、まるでその女の子には自

殺するような理由がないことになる。

「だけどな、自室の日記にはこうかかれてたらしい。『もう自分に耐えられま

せん。あの人に出会わなければよかった・・・。お父さんお母さん、ごめんな

さい。』」

空いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろうか?

「あ、あの人って?」

「日記に度々その人が出てくるらしい。日記に最初に登場してきたのは1週間

前。それから毎日その人物に会いに行ってるらしく、必ず街の方に出掛けてい

ったそうだ。」

「・・・・・・」

「・・・最近、自殺者多いだろ?」

「えっ、あ、うん。そういえば・・・」

よくニュースでも言ってたっけ。ここらへんの地域での自殺者が急増してるっ

て。

「あれもな、そいつの仕業じゃないかって言われてるんだ。なにかの怪しい宗

教かなんかの関係じゃないかって・・・」

「そ、そんなことって・・・」

到底、こんな場所で話していい内容とは思えなかった。

未来はさらに淡々と事実を述べていく。

「職員室は今までにないほど大騒ぎになっている。対策を立てようにも、そい

つを知ってるやつは死んでしまってゼロ。先生たちは不審者として、これから

しばらくは授業が短縮校時、そして二時までには絶対下校にするらしい。部活

動は禁止、もちろん生徒会もだ。恐らく帰りのホームルームで詳しく話される

だろうが・・・」

「ほ、本当なの?」

「あぁ。だから沙弥香、あまり街には近寄らない方がいい。・・・幸いにも日

記に書かれてある場所は全て街の中心部だ。街なか以外でそいつと会ったとい

うのはない、だから街に行かなければそう心配しなくても大丈夫だろう。」

だからといってまぁ警戒しておくに越したことはないがな、と未来は最後に付

け加えて言った。

「・・・し、知らなかった・・・」

私は絞り出すように、何とかそう言った。

もし知らずに出会ってしまったとき、知らなかったでは済まされないのだ。そ

う考えると、ゾッとした。

 

怖いのは苦手だ。昔から、そうだった。暗い所とかだと、未だに身震いしてし

まう程に。何か、その先にいるような感じがして。私の隣に、誰かの視線を感

じる気がして。

足が震えた。手が震えた。顔は引きつり、目はいつも下を向いて足元だけ見て

いた。一歩ずつ、暗闇の中を歩いて行った。自分が、ここにいるっていう証拠

を、一歩ずつ、確かめていくように。

・・・

さすがに今はそこまで酷くはないがそれでもやはり怖く、暗いのは嫌だった。

 

(そういえば・・・)

昔、一人部屋を与えられた時のことを思い出した。

自由にできる一人部屋は私にとってとても喜ばしいことだった。だが、それは

寝るときもずっと一人ということでもあった。それはたまらなく怖いことだっ

た。

その夜、やはり一人で寝ることになった私。とても怖く、布団の中で一人でビ

クビク震えていた。・・・少し、泣いていたような気がする。

「・・・ヒッ、ク・・・怖く・・・ない、もん・・・ヒック・・・」

と、嗚咽まぎれに自分にそう言い聞かせていたその時だった。

急に視界が明るくなった。

なんだろうと思って、布団から出てみるとそこには浩くんがいた。

「ヒッ、ク・・・な、に・・・?」

「なんで、泣いてるんだ。」

目の前にいる男の子は、すごく頼りがいがあるように見えて、

「・・・ぐすっ・・・怖い、から。」

だからだろうか、正直に答えていた。

「・・・そうか。」

それだけいって、浩くんは窓から自分の部屋に戻ろうとする。

そしたら、また急に怖くなって

「あぁっ、待って!」

思わず、浩くんを呼び止めていた。

「・・・心配するな。枕と毛布、もってくるだけだから。」

「えっ・・・」

予想もしない答えに、一瞬、理解できなかった。それを察したのか、浩くんは

赤くなりながらもはっきりと

「だ、だから・・・おまえが寝るまで、ずっとそばにいておくって言ったんだ

よ。」

それからも度々、浩くんは寝る前に私の部屋に来てくれた。でも必ず朝起きる

と隣にいたはずだった浩くんの姿はなく、まるで夢でもみていたかのような

感じだった。浩くんに聞いてみた所、

「あぁ、それはおまえが寝たと確認できたら,自分の部屋に戻っているからに

決まってるだろ?・・・えっ、なんでそのまま寝ないのかって?ば、馬鹿。さ、

さすがにそれはまずいだろ。・・・何がって・・・か、からかうなよ!」

と、顔を真っ赤にしながら答えてた。

 

(そんなことも、あったんだなぁ・・・)

「・・・おーい、沙弥香。聞いてる?」

「・・・ん?えぇ、はいはい。・・・それで、何?」

「聞いてないじゃん。・・・もぉいい、どうせたいしたことない話だったし。」

 

「えー、何々?そう言われると気になるじゃん。」

「何でもない。さ、次は移動教室だ。準備してさっさと行こう。」

少し気にはなったけど、未来がいうんだから本当に大したことではないんだろ

うと、私はそのことを忘れることにした。

 

「えー、皆聞いてはいると思うが。」

帰りのホームルームは担任のそんな予想通りの言葉から切り出された。

「うちの学校の生徒が一人、自殺をして帰らぬ人となった。今度集会があるが・・・

葬儀などの連絡は後日プリントで渡す。それでその件に関していろいろと不審

な点がある。今警察の方々が捜査しているから、すぐにわかるだろうがとりあ

えず・・・。」

目撃者もいない捜査なんかですぐにわかるなんて・・・大した嘘だ。

「街の大交差点付近なんだが、君たちは絶対にその場所には近づかないように。

そして今日からしばらくの間、下校時間を通常より三時間ほど早めて、二時を

絶対下校時刻とする。部活動や生徒会なんかも全て、活動禁止だ。そして、帰

るときは必ず誰かとペアを組んで下校すること。不審者が現れた場合は、片方

が近くの人に助けを求めに行くこと。絶対に立ち向かおうとはしないこと・・・

いいな?」

「「は〜い。」」

「よし、それじゃあ今日はここまでとする。・・・日直、号令。」

「起立、気をつけ、礼。」

「「ありがとうございました〜」」

一日の半分を終える合図が終わり先生もいなくなった教室は、各自の話題で賑

やかとなる。

噂について話し合う女子たち。街に行ってみようと意気込む男子。そしてそれ

を止めようとする別の男子。暇になった時間をどう使うか相談し会う女子たち。

帰りの準備を終え、教室から出て行く二人組みの男子。・・・それぞれがそれ

ぞれの時間へと入っていく教室で私たちも今からについて話し合ってた。

「沙弥香、これからどうするんだ?」

「実は今日、頼んでた漫画の発売日でさぁ、今から取りに行かないといけない

んだ。」

「・・・あぁ、沙弥香がこの前見せてくれたあの変なコスチュームの伊達男と

宇宙人が化けたイケメン男とが主人公である女の子を奪い合うっていう、アレ

か?私はどうもあの話にはついていえなかったぞ。」

「・・・長い説明文ありがとう。そう、アレよ。別に文句言われる筋合いはな

いよ。私はアレ、気に入っているんだから。」

「ま、いいが。それで、どこに取りに行くのか?」

「そ、それが・・・」

「ん、どうした?」

「ば、場所がね、駅前にある明輪堂中央書店・・・なの。」

駅前・・・もちろん、街のど真ん中だ。

「・・・やめとけ。それで沙弥香が自殺なんてことになったら、洒落にならな

い。売れてるかどうか心配な漫画のために死ぬなんて・・・」

「縁起でもないこと言わない。それと・・・すごく売れてるから、あの漫画。

前巻、百万部のミリオンセラーを記録。未だに売れ行きは右肩上がり。」

「嘘っ!?内容もさることながら、やってることも全て変だな。」

「変言わないの。・・・ま、多分大丈夫でしょ。宗教関連なんて話聞かなけれ

ばいいだけなんだし、それに・・・行って、買って、帰るだけなんだしさ。私

一人で行くから、悪いけど今日は一緒に帰れない。ごめんね?」

「・・・わかった。一応、気をつけてな。」

「うんっ、わかってるって!」

 

 

「・・・う〜ん、どうみてもいつもと変わらない様にしか見えないけどなぁ?」

 

街に着いた私は今、その中心部に位置する『水崎街中央交差点』なる所にいた。

 

あることから歩道者側の信号が永遠に『赤』になったこの交差点は、実はちょ

っとした名物だったりする。

『中央交差点』というくらいだから、この交差点はちょうど街の中央にあるだ

けじゃなく、車道が片道だけで四本、計八本もなる道路が交差している巨大交

差点ということでも知られている。ちょっと視力の悪い人でも、向こう側がよ

く見えなくなるほどの無駄にでかいのだ。確かにここは車の交通量が多いから

役にはたっているけど・・・歩行者側はいい迷惑にすぎない。いつか、立体歩

道橋を建てるとかいう計画があったが、あまりに長いため耐久性に問題が生じ

て廃案になったと聞いている。そこで考えられたのが地下歩道トンネルだった。

 

歩道橋よりも予算はかかってしまったが、それでもよかったらしい。中はきち

んと整備され、夕方になるとストリートミュージシャン達が音楽を鳴り響かせ

ていた。もっとも今は彼らの姿は見えないが・・・

「きっと市の役人に注意されたのね。一応ここは危険場所だし、留まるのはよ

くないもん。」

いつもと違ってシーンと静まり返っていて別の空間のように思えた。

「・・・さ、さぁ早く行かなくちゃ。」

 

「五百六十円になります。・・・はい、では千円からでよろしいでしょうか?」

 

「あ、はい。」

「ではレシートとお釣りの四百四十円のお返しです。・・・ありがとうござい

ました。」

目当てのものを早々に手に入れた私は、立ち読みもせずに自動ドアへと向かう。

 

ガーッ

「ありがとうございましたー!」

時刻は四時を過ぎた所。まだ日も高く、街を歩く人達もたくさんいた。

これなら、きっと大丈夫だろう・・・

「さてと、早いとこ帰っちゃおう。続き続き、と。」

私はレジ袋片手に意気揚々と帰って行った。

 

一応未来に言われた通りに気をつけて歩いてみたが、何にも変わったことは起

こりそうになかった。ほら、やっぱり大丈夫。きっとその変な人も自殺には関

係なかったんだよ。この交差点を過ぎてちょっと行けば街なんてすぐに出られ・・・

 

そこで私の言葉は停止した。

うそ・・・な、なんでっ!?

「あっ・・・あぁ、あ、あ、あ・・・」

声がうまく出て来ない。どころか、呼吸すらもできないっ!

交差点の真ん中。正確に言えば、交差点の真下・・・そこに、いた。

黒いトレンチコートに黒いズボンと全身黒づくめで、どことなく異様な雰囲気

を放ってる・・・間違いない、この人だ・・・直感だけど、すぐにわかった。

 

トンネルの中、周りには誰もいない。いるのは、私と、そいつだけ。

助けを呼ぼうにも、声が掠れてしまい叫ぶこともできない。そうしている間に

もそいつは一歩一歩と近づいてくる。

どうすることもできない。ただただ、そいつが近づいてくる恐怖を感じること

しか許されなかった。

・・・ザッ、ザッ、ザッ

ザッ

身長は私より少し高いくらい、170といったところか。よく見ると整った顔

付きで、髪は首筋のあたりで切り揃えられていた。

「大丈夫かい、君?顔色が良くないけど・・・」

「えっ、あ、はい・・・」

・・・あれ?普通の人だ・・・勘違い、かな・・・

ハスキーな声。中性的な容姿もあって、男なのか女なのかよくわからない。

「あ、すいません。もう大丈夫なんで・・・あっ!?」

不意に体のバランスが崩れる。前によろめき、倒れかかったその時・・・

「・・・っと、ケガはないかい?」

崩れかかった体勢を、目の前にいたこの人が支えてくれた。

「やっぱり放っておけないよ、君。うちのお店、すぐ近くにあるからそこで休

んでいきなよ。」

「え、あっ・・・」

頭の中にもやがかかったみたいで、言葉がうまく思いつかない。

そのまま、なし崩し的に私はこの人について行くことになった・・・

 

「待っててくれ、すぐ何かいれてくるから。」

連れて行かれたのは、交差点から歩いてちょっとのとある店。

落ち着いた雰囲気を持つこの店に、私はいまいる。

(喫茶店・・・なのかな?)

コーヒー、それと香りのいい・・・紅茶かなにかの匂いが店内に充満していた。

 

カウンターもレトロな作りで、かなり年期がはいってそうだ・・・

「・・・っと、そんなことじゃなくって・・・」

私、なんでついてきたんだろ?今まで知らない人について行くようなことなか

ったのに・・・

そう不思議に思ってると、カウンターの奥からさっきの人がやってきた。着替

えたらしく、白いシャツにサスペンダー、そしてその上に『ルノワール』とこ

この店の名前だろうか、エプロンをつけている。

「ほらっ、飲みな。紅茶、飲めるよね?」

「あ、はい・・・ありがとうございます。」

渡されたコップの中にはいい香りの紅茶が注がれていた。

遠慮するのもなんなので、とりあえず飲むことにする・・・

「あっ、おいしい・・・」

自然と声がでた。今まで味わったことのないものだけど、とてもおいしかった。

 

「ふふっ、ありがと。」

向こうは嬉しかったらしく、優しい目付きで軽くほほ笑んだ。

「ところで君、お名前は?」

「あっ、私沙弥加っていいます・・・あの、あなたは?」

「僕かい?・・・僕は文月七(ふみづき なな)。ここの店長をしてる。」

「女の方、だったんですか・・・」

言葉遣いから、男性なのかと・・・身長も高かったし・・・

「ははっ、よく言われる。変、かなぁ・・・?」

「いえっ、そんなことないです!」

私はカウンターを乗り出して七さんに言った。そういえば私の周りにも一人、

男口調なやつがいたっけ。

「そうかい?ありがと。・・・ところで」

七さんは空になったコップを見て、ポットから新しい紅茶を注いでくれる。

「具合はもう大丈夫かな?さっきは随分と顔色が悪かったけど・・・」

「あ、いえ。それはもう本当に大丈夫です。・・・あっ、ありがとうございま

す。」

おいしいと言ったからだろうか、コップになみなみと注がれてしまった。

「何かあったのかい?思い過ごしかもしれないけど、僕を見てから急に気分を

悪くしたように見えたんだけど・・・」・・・

本当のことを話さないと失礼かもしれない。そう思った私は、事の全てを七さ

んに話した。

「そうか、最近噂になってる自殺の話・・・僕がその犯人だと、君は思ったわ

けだ。」

「すいません、失礼なこと・・・」

「いや、いいんだよ。確かに僕、服のセンスないからねぇ。実はこの服以外は

全部黒いのしか持ってないんだ。」

そう言って、七さんは自分の着ている白いシャツを指さした。

「そういえば今日、学生を一人も見てなかったから不思議に思ってたんだけど・・・

なるほど、そういうことだったのか。」

さすがに他の高校もこの事件を警戒しているらしい。誰も街に来ていないみた

いなのがその証拠だった。

(かといって、私は学生服で来てるんだけどね・・・)

私はそう思いながら、心の中で苦笑した。

「でもいいのかい?先生とかに見つかったらまずいんじゃ・・・?」

「いえ、それは大丈夫です。私、見つからないようにするのには自信があるん

で・・・って、七さんお店がありますもんね。すいません、すぐ帰りますんで・・・」

 

私はお店の邪魔にならないうちに出ていこうと席を立とうとした。

「あ、それはいいんだよ。どうせ客なんていつもこないからさ。実を言うと、

君を連れてきたのも話し相手が欲しかったからなんだ。だからまぁ、もうちょ

っとゆっくりしていきなよ。」

「・・・そう、ですか?それじゃ、遠慮なく・・・」

私は再び席についた。

「まぁ、元々趣味で始めたようなもんだから、ここ。だから売上とかあまりき

にしてないんだ。」

商売あがったりなんだけどね、と七さんは付け足した。

「えっ、それじゃあなんでお店を?」

お金儲け以外で働くことなんて、高校生の私には信じられなかった。

「う〜ん、そうだなぁ・・・僕はあんまりお金には困ってないからね。」

(こ、高校生として羨ましいセリフ・・・)

「・・・おいおい、そんな睨まないでくれよ。別にお金持ちってことじゃなく

て、僕自身あまりお金が必要ないってことさ。」

どうやら私はすごい形相で七さんを睨んでいたらしく、七さんは慌てて訂正し

た。

「僕はね、いろいろなお仕事をやってるんだよ。それで、余ったお金でここを

建てたんだ。昔からやってみたかったんだよねぇ、喫茶店。自分の作ったコー

ヒーとかを誰かに飲んでもらうのって、嬉しくならないかい?」

あぁ、なんとなくわかるかもその気持ち・・・

「それに・・・こういう仕事やってるとさ、面白いお客さんとも出会うことが

あるんだよ。噂話をもってくる人や、珍しいものをもってきたりする人。それ

とか・・・悩みを抱えた人とか、ね。」

七さんはほほ笑みながら私をじっと見つめてくる。なんとなく恥ずかしくて、

顔が赤くなる。

「君も・・・何か、悩みを抱えてるみたいだね?」

その瞳の奥で、私の何をのぞき込んでいるのだろう。全てを見透かしているよ

うなその目は、何重にも張ってある壁を無視して私の心の中だけを直視してい

るような感じだった。

「悩み・・・ですか?でも、そんなもの誰もが抱えてるもので・・・」

あれ・・・なんで私引け腰になってるんだろう?でもなにか・・・

「そういう悩みとは、ちょっと違うんだ。君のは・・・何か、人とは少し違う

悩みなんじゃないのかい?」

「いえ・・・ただ」

ただ・・・何?私って、そんな悩みとか言えるものなんて・・・

ふと、頭の中に浩くんのことが浮かんだ。

(ち、違うって・・・)

頭の中から振り払おうとすればするほど、その存在は大きくなっていって・・・

 

「その、今考えてることを言ってごらん。それが、君の悩みなんだよ。」

(違う、そうじゃない・・・)

「違わないよ、そうなんだよ。ほら、言ったら頭が楽になれるかもよ?」

甘い誘惑、その誘いに逆らいきれるわけもなく・・・

「実は・・・」

私は、全てを打ち明けた。

 

「・・・・・・と、いうことなんですけど。」

「ふ〜ん・・・」

七さんは、なんだか釈然としない様子だ。

「・・・つまり、その・・・浩司くん、だっけ?彼のことが好きなのかどうな

のかで悩んでる・・・そういうこと?」

「はい、そうです・・・」

七さんはため息をつき、そして一言

「違うんじゃない?」

「えっ、それって・・・浩くんのことが好きじゃないって・・・」

「違う違う、そうじゃない。・・・君、本当にそれだけの理由で悩んでるのか

ってこと。」

「えっ、でも・・・それが全部ですよ?」

私は全部話したつもりだった。だけど、七さんはそれだけでは満足しないらし

い。

「ふ〜ん・・・」

七さんはすこしの間考え込み、そしてカウンターから何かを取り出した。

お茶の葉っぱがぎっしりと詰まってる、ガラス製のビンだった。

「今度はこっちのお茶も飲んでもらっていいかな?」

「えっ、あ・・・はい。」

すこししてできあがった紅茶。甘い香りが鼻をくすぐる。

「これはなんて言うお茶なんですか?」

七さんが答えたお茶の名前は、聞いたことのない名前だった。なんでも結構珍

しいものらしい。

私は、その赤い紅茶を口に含んだ。

おいしくて、一気に飲み干す。

「おいしいですっ・・・あの、これおかわりいただけますか?」

調子に乗って、おかわりをお願いする。だけど・・・

「ごめんな、これすっごく高いから残念だけどあげられないんだ。それに・・・」

 

七さんが意味深に笑った。

「それ以上飲むと、頭おかしくなるよ?」

(えっ・・・)

変化はすぐにあらわれた。

頭がスゥーっと閉じていく感覚。視界もぼんやりしてきて、トロンとして気持

ちがいい・・・

次第に、物事が曖昧になっていって・・・

私と私以外のものが曖昧になっていって、私は私が眠りにおちた感じがした・・・

 

 

 

「これをもっていくといい。」

帰りがけ、七さんはそういって私に一冊の本を渡した。

「ありがとうございます・・・」

半分、上の空の私。頭がマヒしてるみたいで、うまく考えがまとまらない。

(私こんな時間まで何してたんだっけ・・・)

時刻はもう9時。もう学校が終わってから7時間たとうとしていた。・・・私、

そんなに長居してたかなぁ・・・

「この仕事をしてるとね、いろんなものに出会えるんだ。その本もその中の一

つ。」

本は持ってみると結構重く、厚みもあった。

私はバッグの中に本をつめ、入り口へと向かった。

「・・・あ、そうそう。」

ドアを開けた時、後ろの方で声がした。

「君の話、とても興味深かったよ。これから君がどうなるか、楽しみにしてい

るよ。」

そう、聞こえたような気がした。

 

帰りは、はっきし言ってあんまり覚えてない。いつ帰ったのか、どこを通って

帰ったのか・・・その他全てだ。

帰り着くと、そのまま眠りへとついた。・・・夢を、みたような気がした。

現実味がありながらどことなくおかしくて、次第にその日の出来事とかも混ざ

ってきて・・・

実はその日は街なんかに行ってなくて、いやそれ以前に変な事件とか起きなく

て・・・七さん、なんていうのも夢の中の人物なんじゃないかって・・・思っ

た。

だけど・・・

「・・・んぁ・・・ふぁ〜、眠・・・」

朝になって、ベッドから体を起こした時・・・

「・・・う?・・・あっ!!」

枕の隣に一冊の本が置かれてあるのを見て、全てが現実なんだと認めざるをえ

なかった。

 

 

学校が終わった放課後。私は急いで自分の家へと帰って来た。

学校では例の噂話に尾ヒレがついて花開いたり、未来が私のことを心配してく

れたりしていたが・・・あまり覚えてない。

「ただいまー」

自分の部屋へとたどり着く。本は・・・やっぱり、置いていた場所にそのまま

あった。

(やっぱり、夢とかじゃないんだ・・・)

私は本を手に取り、ベッドに体を預けて倒れ込む。

「この中に・・・私が望んでる物が?」

私は、昨日から怖くて開けられなかった本を開いた。

「何、これ・・・?」

文頭にでてくる『催眠』の文字。そこには筆者であろう人の文章が書かれてい

た。

『私は以前、催眠療法の仕事についていた。今はその仕事を辞め、普通の生活

についている。だがせっかくの知識、誰かに伝えずして忘れていくというのは

もったいない。最近さまざまな書籍を見てみたのだが、どれも難しい理論ばか

りの専門書のような扱いになっている。私はそれがすごく嘆かわしい。』

「ふ〜ん・・・」

(私は見たことないからわからないけど・・・確かに、そんなイメージあるか

も。)

『人間、誰しもが催眠術という単語を耳にするだろう。そして恐らくその中の

半数の人は興味をもつのではないだろうか?しかしそれは専門的な知識や用語

などによって壁を感じ、ほとんどの人が挫折してしまう。私はその興味の芽を

つぶしたくはない。』

『そこで私はこの本を製作することを決めた。理論や用語などがわからなくて

もできるように工夫をこらしてみた。もちろん元術者としての私としても、本

当なら学問として学び、専門的な知識を身につけてもらったほうがいいとは思

ってる。その方が知ってる分より高度に、そして簡単に催眠をかけることがで

きるからだ。だがまずは実際にやってみることだろう。一人でも多くの人が、

興味を発展させてこの道へ来てくれることを私は望む。残念ながらこの本は自

費出版のため、おそらく市場にはあまり出回らずに人づてにわたっていくこと

だろう。だがそれでもいい。少なくともこの本を手にし、そしてこのページを

見ている貴方は催眠に興味を持っていると思う。だからこの本が貴方に役に立

つよう、これを書きながら願うことにする。』

「『−−−著者、大神 博人』・・・っと。」

最初のページはこれで終わりだった。

(催眠、かぁ・・・)

聞いたことはある、だけどそんなものは存在しないとばかり思ってた。テレビ

とかの、あの過剰な演出がそう思わせていた。だけど・・・

(・・・もしかして、本当に・・・)

あるのかもしれない、そう思った。

ページをめくる。次のページは目次があって、それからはどんどん催眠に関す

る記述が書かれていた。

『催眠には三段階、支配のステップがある。

第一は運動の支配。体を無意識に震わせたり、体を重く感じさせたりというの

が特徴的だ。このステップは残りの二つにもとても重要なのだが、比較的ここ

までは誰でもかかることができる。

第二に感覚の支配。暑く感じさせたり、寒く感じさせたりというのが特徴だ。

初めて催眠をかけられる人はなかなかここまでには至らない。せいぜい二人に

一人、といった確率か。だが、繰り返し催眠をかけることで被暗示性を高めれ

ば大抵は到達可能。

そして最後は記憶の支配。ここがだいたいテレビなどでおなじみの、自分が人

間以外の動物とかになったりする所だ。またここまで被暗示性が高い人だと、

その時の記憶を消したり、他の記憶とすげ替えたりすることができる。だがこ

こまでこれる人は稀で、いくら繰り返し練習したからといって到達できるわけ

ではない。天賦の才、といったところだろう。』

『催眠術は術者のみならず対象者にも想像力や集中力を必要とするので、老人

や子供にはあまり効力がない。また選ぶなら体育会系の人より文学系の方をお

薦めする。ちなみに男女の違いによる催眠のかかりやすさ、かかりにくさとい

うのはあまりない。』

『最初に催眠術をかける実験をする時、相手として家族は避けること。また初

対面の人というのもあまりよくはない。緊張がなさすぎても・・・かといって

逆にありすぎても、悪影響を及ぼしてしまうからだ。それなりの付き合いをし

ている・・・友達や同僚なんかがいいだろう。塾や会社で何げなく話を持ちか

けるといい。』

『催眠をかける前段階として重要なことは、相手に催眠術が本当にあることを

理解させ、そして自分が催眠術をかけるのがうまいように見せかけることだ。

本人が催眠術を最初から否定しては話にならない。だからまずその考えを捨て

させ、そして相手が自分を催眠術師だと思わせるように印象づけさせる。その

辺については個人の能力で、アドバイスのしようがない。とにかく雄弁にまく

したてることだ。』

「・・・雄弁、って・・・」

なんか投げやりのような気が・・・

「ふぅ・・・さて、このくらいで・・・」

読むのをやめようかと思ったけど、次のページを見て・・・

「あっ・・・これ、付箋?」

ページに貼られた小さな付箋。そこには綺麗に書かれた文字で、

『今日はとりあえずこの章まで読んでおけ。』

「・・・七さん、だよね・・・?」

確信は持てなかったが、そんな気がした。そのページに書かれてる内容は・・・

 

『暗示のかけかた』

「・・・・・・」

やめようと思ってたが、私は七さんの言葉が気になって読みはじめた。

『暗示といってもそのかけかたには様々な種類があるが、だいたいは繰り返し

による刷り込み効果だ。相手に何度も繰り返すことによって、記憶の深い位置

に条件を留めさせておくことによって催眠を簡単に、そして瞬時に深いところ

までもっていくことができる。ただ記憶は使わないと次第に忘れていくので、

定期的に刷り込む必要がある。』

『その具体的な処置として、いくつか例をあげておく。まず一つ目は・・・』

「ふんふん・・・」

私は、次第に時間も忘れ文字を追うのにのめり込んでいった・・・

 

「・・・これで終わり、かな?」

その章は全部読み終えた。まだ本全体としては半分もいってないけど・・・

「七さんが言うように、一応ここは全部読んだけど・・・けど、それでどうし

ようっていうんだろう?」

私はとりあえずこのままだと邪魔になるので、本を本棚に入れようとした。

「あっ・・・何か落ちた。」

本からスルリと抜け落ちたもの。・・・一枚のレポート用紙だった。

『これを読んでるってことは、暗示の所は読んだのかな?』

「!?」

私は驚いてその場に固まった。

何でそんなことがわかるのか。最後のページには何も挟まってなかったし、こ

れはあくまで偶然、そう偶然落ちたものなのだ。それなのに、何故・・・

私は続きを読んだ。

『今夜、浩司くんの部屋に忍び込んで、書かれてあった暗示のかけかたを試す

といい。だけど忘れないこと、本のとおり暗示は一日じゃ完成しない。毎日、

彼が寝静まった頃を見計らってこっそりと暗示をかけていくんだ。あと、決し

て暗示が完成するまで妙な悪戯はしないこと。それじゃ、彼を自分のものにで

きるよう、頑張れ!』

「自分の、もの・・・あっ!?」

もやがかかったかのようにうまく思い出せなかった昨日の記憶。それが今、断

片的だけど思い出した。

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

「君は、浩司くんのことが好きなんじゃなくって・・・彼を、独り占めしたい

んだよ。」

「ひと、り・・・じめ・・・?」

「そう。その人が、自分以外のことを考えないように・・・その人を、自分の

思いどおりにしたいんだよ。自分だけしか見ないように、自分に全てを捧げる

ように、さ・・・」

「・・・そう、かも・・・」

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

「私が、浩くんを・・・独り占め?」

・・・そうなのだろうか?でも、そんな気もしなくはない・・・

私は、浩くんを、独り占め、したい・・・

だんだん意識がそう書き換えられていく。そして数分後、私は夜浩くんの部屋

にいくことを決心した。