月に一度の立川デー

「あ〜……暇だわ〜……」

 夕暮れの生徒会室。

 立川は暇を持て余していた。

「全く……みんな部活だの用事だので帰っちゃうし……」

 立川は机に突っ伏しながら一人愚痴る。

「だいたい監察委員って何よ? 就任から一週間……仕事ゼロ!」

 机に突っ伏したまま手足をばたつかせる。

 ガラガラガラ

「ちわ〜っ」

「あ……(あの人副会長の高井さん、だったかしら?)あの、高―――」

「あ〜、立川、だっけ? あたし今日先帰るから。じゃッ!」

「え、あの、ちょっと……?」

 高井は話をするまもなく帰ってしまった。

 その後も待てど暮らせど誰も来ない。

「あ〜もうッ!! ここの生徒会やる気あるのかしら!?」

 誰もいない部屋で立川は一人わめきちらした。

「だいたいただでさえ最近八十島君と時間合わなくてイラついてるのに……」

「しつれいしま〜す……」

 っと、噂をすればなんとやら。

 八十島が遠慮がちに生徒会室の扉を開いた。

 瞬間、立川の目が輝く。

 っていうか光る。

「あ〜ら八十島君!! もぅッ、会長なんだから失礼しますは要らないのッ♪」

「た、立川さん……なんか今日はテンション高いね……」

 なんとなく気おされる八十島に立川はため息混じりに返す。

「そりゃね……そうでもなきゃ、ねぇ……でも、あなたが来たからいいのッ!」

 そういわれて八十島は室内を見渡す。

「なるほど……誰もいないね」

 八十島は苦笑した。

「そのうえ……」

「仕事もゼロ?」

 立川の台詞を先読みしまたしても苦笑を漏らす。

「そうよぉ……無理にでもテンション上げないと……」

「あっはは……まぁ、僕でよければ話し相手になるよ……?」

 それは立川にとっては願ったり叶ったりであった。

「もちろん! そういえば二人っきりって久しぶりじゃない!?」

「あぁ、そうだったよね……最近忙しくって……」

 八十島はすっかり苦笑いが板についてしまっている。

「前のときは確か……」

「あの時は……最後に君と言い争いになって……」

「何でけんかしたんだっけ?」

「確か、国語の『羅生門』で……文章表現の解釈が食い違って……」

「あぁ、あれね……あれはやっぱり絶望感や悲哀を強調したいんじゃ……」

「えぇ? 絶望感って、アリだけどそれは主題じゃないと思うなぁ……」

「でも結局主人公が悪の道に走るのは華やかな都が没落してゆく流れの一つでしかないわけで、確かになんだかんだ伝えたいことはあるんだろうけど最終的にはそこに行き着くんじゃない?」

「それは都に起こる負の連鎖を追っていった結果であって文章の主題にはなりえないと思うんだよ。結局の所問題は主人公がどういう心情であったかよりも、何故そうなったかを考えた方がいいと思うんだけどなぁ……」

「でもソレはアレじゃない? それに論点が逸れることにもなると思うし」

「いや、アレはまた別の問題でしょ? それに別に論点逸れてないし」

「だからアレは―――」

「いや、そうじゃなくて―――」

 

――――――――――――30分後――――――――――――

 

「で……」

「僕たち……」

「「何の話してたんだっけ……?」」

 二人はとても充実した無駄な時間を過ごした。

 終わり。

 

 

 

「って、終わるなよっ!!」

 今回はこういうノリなので八十島君の虚空への突っ込みもご了承下さい。

 

 

 

「え〜と……前に二人っきりになったときの話しだったね?」

「え、えぇ、そうだったわね……」

 とりあえず一通り議論を終えた二人は落ち着きを取り戻した。

「あのあと……」

「確か、後催眠の掛け合い……に、なったわね……」

「たしか、僕が耐えかねてキーワード言おうとした瞬間……」

「私が指を『パチンッ』てね」

「僕がたまに後催眠を利用しようとすると……」

「うふふ……今の所、あたしが全勝♪」

「あはは、立川さんとはけんかできないなぁ……」

「あははは、八十島君ってばかわいいわよねぇ」

「ははは、なんだよそれ」

 そこで急に立川の言葉が止まる。

「……立川さん?」

「そうよねぇ……すっごく、かわいかった……」

 いつの間にか立川の顔から笑みが消え、感情が読めなくなっていた。

八十島は苦笑しつつ少し頬を赤らめる。

「な、そ、そんなこと真顔で言われると、リアクションに困るんだけど……」

「ねぇ、八十島君……?」

 立川はすぅっと八十島との距離を詰める。

「え? な、何?」

『パチンッ』

 立川が指を鳴らした。

 瞬間、八十島の目は光を失い弛緩した身体が立川に寄りかかる。

「あぁ〜、だめッ……! この瞬間、気持ちよすぎッ……!」

 立川は八十島を抱きとめているその手で彼の背中をさすりながら言う。

「も〜この人よりいいかかりっぷりの人なんてありえないわよねぇ……だって成績抜群、スポーツ良し、ルックス良し……で、このちょっと童顔なのに利発な顔立ち……その上この被暗示性! 普段はキリッとした彼の目がね? こう、すぅ〜っと……すぅ〜っとね? あぁ、弛緩しきったこの顔……あぁだめッ!やばいわっ、私ヤバイ! こりゃもうクセになっちゃうってもんよ?」

 どうやら八十島を落としたときのことを思い出してたまらなくなったらしい。

 突然八十島に後催眠をかけて一人でテンションアップしている。

 それにしてもいまだかつて無い盛り上がり方だ。

 もう鬼の首を取ったかのようなはしゃぎようである。

「せっかく久しぶりの二人きりだもん……喋るだけなんてもったいないわ!」

 立川はぐっとこぶしを握り締め一人力説する。

「たまには私のおもちゃになってもらうわよ? 八十島君♪」

 立川は冗談めかして言うと微笑んだ。

 おもちゃとはまた酷い言い草だがあながち間違いでもない気もする。

「さて、と……指パッチンだけじゃ、ちょっと浅いのよね〜……」

 すると立川は八十島の耳元で囁いた。

「さ〜て、“甘い澱み”にご招待〜♪」

『パチンッ』

(あ、あれ……?)

 立川さんが指を鳴らすと不意に全身の力が抜けていく。

(あたまが……ぽ〜っとする……)

「あぁ〜、だめッ……! この瞬間、気持ちよすぎッ……!」

(……? 僕、また催眠に掛かっちゃったのかな……気持ちいい……)

 立川さんが僕の体を受け止める。

 僕は混濁する意識の中で立川さんの温もりを感じていた。

(あ……背中……ずっとこうしていられたらなぁ……)

「も〜この人よりいいかかりっぷりの人なんてありえないわよねぇ―――」

 立川さんは何か楽しそうに騒いでる。

けど今の僕には何を言っているか理解できなかった。

(どうでもいいから……ずっとこうしていたい……)

 耳元に立川さんの息遣いを感じる。

 いいのかな……生徒会室でこんなことしてて……

「さ〜て、“甘い澱み”にご招待〜♪」

(あま、い……よどみ……?)

 その言葉を聴いた瞬間だった。

 それまでかろうじて形を維持していた僕の意識は急速に溶けはじめた。

 そしてそのまま僕は落ちて行き―――

 ここは……どこなんだろう……?

 なんだかふわふわする……

 あ、かいだん……ぼく、かいだんのうえにいるのか……

 え……おりるの……?

 うん……ひとつずつ、かぞえながら……

 10……9……8……7……

 あれ? なんだかかいだんがおおきくなってきてる?

 6……5……4……3……

 ……? ふくも、きゅうにぶかぶかになってきた……

 そっか……ぼくがちいさくなってるんだ……

 したまでいったら、ぼく、こどもにもどっちゃう……?

 2……1……

 

『パンッ!!』

 

「さぁ……ゆっくり目を開けて……」

 言われて八十島は目を開いた。

 頭がはっきりしないらしくしきりに目をこすっている。

「ん〜……まだねむいよぉ……」

 と、言うが早いか八十島は部屋中を見回して目を丸くした。

「ふぇ? ここどこッ!?」

 すると立川はニコニコしながら答えた。

「ここはねぇ、“生徒会室”って言うお部屋なの」

 すると八十島はそこで初めて気が付いたかのように立川を見つめた。

「……」

「……」

 しばらくの妙な沈黙の後、八十島は不意に口を開いた。

「おねえちゃん、だれ?」

 八十島は少し上目遣いの目を丸くして聞いた。

「私? 立川圭って言うの。ぼうやは?」

 立川はあくまで子どもに接する態度で答えた。

 八十島は頭の回転が追いつかず少々困惑気味に答える。

「え、あの、修ね……あっ、ぼくね、やそじましゅういちっていうの……」

「あ〜んもぅ! かわいいッ!」

 立川は急に八十島に抱きついた。

「お、おねえちゃん……くるしいよ……」

「はぁ〜、退行暗示を発明した人ほんとに偉いわ〜……そのおかげでこんなにかわいい修ちゃんに会えるんだもの……」

 立川は全く八十島の話を聞いていない。

 それどころか更に強く抱きしめもう頬ずりでもせんばかりの勢いである。

「お、ねぇ、ちゃん……」

 だが八十島は少し頬を赤らめまんざらでもなさそうだ。

 ガラガラガラ

「よぉ! 八十島、立川! 生徒会はどうだ!?」

 不意に生徒会室の扉が開いた。

「小早川君!」

 その瞬間、小早川は一瞬の沈黙の後急にニヤニヤ笑い始めた。

「ぉお〜っ? 俺はお邪魔だったかな?」

 するとその声に八十島が反応した。

「お、おねぇちゃん、ひとがみてる……はずかしいよぉ……」

 しかし立川はこともなげに答える。

「あら、べつに見てたっていいじゃない?」

 だが八十島はそれに少し頬を膨らしながら言った。

「ぼくもうおにいちゃんだもん! だっこなんてやめてよ!」

 その一連のやり取りを見た小早川が顔をしかめる。

「ゲッ! 八十島、お前……そんな趣味があったのか……」

「あ〜も〜うっさい……“夢魔の呼び声”」

『パチンッ』

「はぅ……」

「じゃ、そこでおとなしくしてなさい」

「ん……」

 というわけでまぁ……忘却暗示とかそういうのを駆使して小早川を排除した。

「さ〜ってと♪ 修ちゃ〜んッ♪」

 ようやく邪魔者を排除した立川は上機嫌で八十島に向き直った。

 が……

「あら……?」

「……すぅ……すぅ……」

「修ちゃ〜ん」

「ふぁ! は、はぃ、おきてます!」

 シーンこそカットだったものの小早川にはそれなりに時間をとられている。

 連日の疲れもあいまって眠気が高じてきていたらしい。

「ん〜、修ちゃん眠いの?」

「ううん……ふぁ……ぼくだいじょうぶ……」

 そう言いつつも先から目をこすりあくびばかりしている。

「嘘ついてるわね? おねえちゃんはお見通しよ?」

 と、立川が八十島の目を見つめると八十島は気まずそうに顔を背けた。

 そのまま時折顔色を伺うように横目で立川を見る。

「全く……八十島君ってば子どものころからこうなのね……」

 立川は短く溜息をついた。

「フゥッ……いいのよ? 眠いなら眠い、正直に言って?」

 すると八十島はうつむいたまま上目遣いに立川の顔色を伺いながら答えた。

「あ、あの……ねむい、です……ご、ゴメンなさいッ!」

「いいのいいの、素直がいちば……って、何で涙目なのよ……」

 八十島はうつむいたまま口を固く結び頬を赤くしている。

 さすがの立川もこれには苦笑いである。

 一方八十島はキュッと手を握り締めて涙を堪えている。

「だ、だって……だって……」

 その八十島の様子を見て立川は―――

「あんっ、もぅ! 修ちゃん可愛い!」

 オイ……

「じ、じゃなくって……いや、可愛いわよ? 実際!」

 それはいいから……

「とにかく……修ちゃん、眠いのがそんなに悪いこと?」

 八十島は顔を上げて立川を見上げた。

 瞳が潤み、頬はわずかに紅潮している。
「で、でも……いまは、おねえちゃんとおはなしちゅうで……おねえちゃんとさきのおにいちゃんのおはなしがおわるのまってて……『人の話はちゃんと聞きなさい』って、いつもおかあさんが言ってて、それで、それで……」

「寝ちゃったらお話聞けない?」

「うん……」

 立川は小さく微笑んだ。

「そっか……おねえちゃん戻ってくるの、待っててくれてたんだ……じゃあ、おねえちゃんのせいだね……よっし! おねえちゃんのおはなし終わりッ! ここからはお昼寝タイムッ!」

 立川はピッと八十島の前に人差し指を立てて見せた。

「え、あ、でも……」

「いいのいいの! すっごくいい気持ちにしてあげる!」

 すると立川はフッと八十島の両目を手で覆った。

「あ……」

「ほら、おねえちゃんの声をよ〜く聞いて……?」

 その時、立川の声色が一変した。

 通常のそれではなく、まるで誘うような、引き込まれそうな甘い声。

「眠いんでしょ……? いいのよ? 無理しなくても……眠い……眠い……」

 それに対して八十島は振るフルと首を横に振った。

「だ、だいじょうぶだもん……ぼく、ねむくない……」

「ウソ……眠くて眠くてたまらないでしょ……? 寝ちゃっていいのよ……」

 しかし、立川が誘うほどに八十島はよけい意地になって抵抗する。

「だいじょうぶなの! ねむくないの! ぼくねたくないもん!!」

「ホントに……?」

「ほんとに!」

「絶対……?」

「ぜったい!」

「寝たくないのね……?」

「ねたくないもん!」

「じゃあ……」

 その瞬間、立川の声色がまたしても一変する。

 今度は氷のように冷たく、刃のように鋭い。

 その瞬間、何かを察知した八十島の背筋に何か冷たいものがよぎった。

「永久に眠れないようにしてあげるわ……!」

「え……」

 立川の豹変に八十島は一瞬ゾッとした。

 瞬間!

「力が抜ける!」

 完全に態勢を崩された八十島の体は容易に暗示を受け入れた。

「あ、あぁ……」

 そのまま立川は間断なく続ける。

「ほら、力が入らない、すぅ〜ッと抜けていく、抜けていく、ほらもう自分の力で動けない、すぅ〜ッと落ちていく、落ちていく、ふかぁ〜く沈んでいく、頭がぽぉ〜っとしてきた、きもちいいでしょう? な〜んにも考えない、何にも考えられない―――」

 いつしか立川の声はもとの誘うような甘い声に戻っていた。

 立川は八十島をそっと抱きしめると少しテンポを落として暗示を続けた。

「修ちゃん……な〜んにも考えなくていいの……おねえちゃんが護ってあげるから、安心して? ……ほら、ふわふわしていいきもち……心も、体も、フライパンの上でバターが溶けるみたいに、とろとろとろけてくる……」

 八十島の表情が徐々に弛緩してくる。

 いつしか八十島は目を閉じ、立川に身を委ねるように体を投げ出していた。

 すると立川は八十島を抱いたまま首に回した手で八十島の頬を撫で始める。

「あぅ……」

 八十島がぴくっと反応する。

 しかし立川はかまわずそのまま暗示を続けた。

「ほら、こわくない……気持ちいいでしょ……? なんだか眠くなってきたわねぇ……ねちゃおっか……おふろみたいにぽかぽかしてて、ふわふわしてて……気持ちいいだろ〜な〜……ほら、だんだんぽぉ〜っとしてきてる……寝ちゃおう? おねえちゃんが護っててあげる……」

 しばらくして、八十島の安らかな寝息が聞こえ始めた。

 立川はその気持ちよさそうな寝顔にフッと微笑むと自分の椅子に座り込んだ。

「はぁ〜っ、かけたかけた! もぅ、今日は大収穫だわ……修ちゃん♪」

 その時、立川はふと八十島のポケットに入っている生徒手帳に目がいった。

「律儀ねぇ……毎日持ってるんだ……」

 と、何気なく手にとって中を見た立川は愕然とした。

「何、これ……」

 そこには生徒会役員全役職の役割と仕事内容がメモされていた。

 更には体育大会、生徒総会、来期の文化祭に関してまで予定や計画がびっしりと書かれ、この一週間でこなしたものにチェックが入っている。

「私の管轄の部活動管理まで……こ、これ、一人でやってるの……?」

 立川は生徒手帳を持ったまま思わず八十島を見つめる。

 そこにいるのは安らかに寝息を立てるまだ幼さを残した少年であり、一人でこれほどの激務をこなしていることなど想像もつかない。

「……そっか、時間、無いわけだよ……」

 日が落ち、薄暗くなり始めた生徒会室で立川は一人立ち尽くした。

 しばしの沈黙の後、立川はぐっとこぶしを握り締める。

「何で私に何も言わないのよ……」

 そして―――

「でも、今日かわいかったから許す!」

 立川はフッと微笑んだ。

「さってと、催眠、そろそろとかなきゃ……」

 と、向き直った立川はすやすや眠る八十島の顔を見つめた。

 とても安心しきって、本当に気持ちよさそうに眠っている。

「もう少し……休んだらね……」

 次の日から立川の忙しさは尋常ではなくなった。

 それもそのはず、八十島の激務を二人で分担しているからだ。

 その姿を見た面々は立川の訴えもあり、徐々に生徒会室に集まりだした。

 日を追うごとに生徒会室は徐々に賑わい、仕事もまた順調に運んでいる。

 一月も経つころには全員がそれぞれの仕事をしっかりこなせるようになり、二人だけが激務に追われるようなこともすっかりなくなっていた。

 そんなある日の生徒会室で……

「はぁ……今日は誰もいないのね……仕事も片付いたし、暇だわ……」

ガラガラガラ

「あれ? 今日は立川さん一人?」

「あらぁ! 八十島君! そういえば二人っきりって久しぶりよね♪」

 こうして立川は約一月分のストレスを発散しているのであった。

 

月に一度の立川デー(完)

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の出番、あれだけですか?(泣)」 by 小早川