謎の催眠合戦

 

 あれ以来僕たちは仲良くやっています。

 それに暇を見つけては時々催眠のかけあいっこも。

 これだけは二人だけの秘密です。

 今では二人ともすっかり催眠をマスターしてしまいました。

 どっちかが悩むともう片方がケアしてあげるんです。

 そのため最近はもうクラス公認のカップルになっています。

 ちょっと変わってるけど・・・

 しかし、そんな僕たちも全くケンカしない訳ではありません。

 時にはもめることもあります。

 そして、僕たちが一度口論を始めると・・・

 

「違うわよ、八十島(やそじま)君。そこはcosθでしょ?」

「立川(たちかわ)さん、それは問2でしょ?この問題はsinの値を・・・」

 昼休み、校舎の裏にはちょっとした庭のようなスペースがある。そこは普段人は近寄らず、二人は昼休みにいつもここで二人きりで昼食をとる。そしていつもその日の午前の授業の復習をするのだ。今日は数学の勉強らしい。

「んもぉ〜、わかんない人ね!」

 彼女が堪りかねて声を荒げる。遠くから昼の放送が聞こえてくるが、今はそんなものは耳に入らない。

「だから!この設問はcosの値を求めるんじゃないんだって!!」

 彼も負けじと反論する。ここだけの話、彼女も相当の学力だ。しかし、彼には一歩及ばず・・・実のところこの問題も彼が正しい。ちなみに二人が議論を交わしている問題は図形の複雑な応用問題で、現役大学生でも思わずうなる。並みの学力なら問題が何を求めさせたいのかさえ理解するのに時間を要する。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 二人の間に沈黙が訪れる。立ち上がった二人の間に一陣の旋風が渦を巻いた。お昼の放送「歌花」第2曲目開始と同時に彼らの開戦の狼煙が上がる!

「立川さん、いいのかな?僕に逆らっても・・・」

 彼はすっと手を右手を前に掲げるとそのまま指を鳴らす・・・筈だったが。

「そうは行かないわよ!」

 彼女は彼に抱きついて手の自由を奪うとそのまま押し倒した。実はこの二人、お互いに後催眠を忍ばせており、どちらもいつでも催眠に落とせるのだ。というのも、施術にいちいち時間を食ってはもったいないとお互いの合意のもと後催眠をそれぞれに仕込んだのがことの始まりである。そのため、ケンカになるとどちらもそれを利用しようとするのだ。そのための色々な後催眠が日を追うごとに二人の中にプログラムされていった。しかし、心なしかいつもこの時の二人が一番楽しそうな顔をしている気がする・・・

 そうして彼女は彼を自分の下にまわすと彼の目を覗き込んだ。

「八十島君!わたしの目を見て!」

 しかし、目が合いそうになった寸でのところで彼は目を閉じた。そのまま彼は次の作戦に移る。

「後催眠が一つだと思ったら大間違いだよ!手がふさがってる君は言葉は防げない!!『立川さん・・・』」

 彼が後催眠のキーワードを叫ぼうとする。しかし、両手のふさがった彼女はそれを信じられない方法で阻止した。

「うふふ、甘いわね・・・催眠の腕ならわたしの方が上よ。」

 彼女は叫ぼうとする口に不意にキスをした。そう、手がふさがっていても、相手の言葉は防げるのだ。しかし、何だこの戦いは・・・

 そして、彼女が圧倒的優位に立ったかと思われた。しかし・・・

「あら・・・?ち、力が抜けちゃって・・・」

 すると、余裕の構えで口付けの感覚に浸っていた彼が口を離してにっこりと微笑む。

「立川さん。その手は予想済みだよっ。後催眠で罠仕掛けちゃった♪」

 彼は口付けで彼女が脱力するように暗示を仕込んでおいたのだ。そして彼女は見事引っかかり、彼は勝利を確信する。お昼の放送「歌花」は既に3曲目を迎えている。風向きが変わった。彼は彼女の耳元でそっと囁く。

「『立川さん、愛してるよ・・・』」

 その瞬間、彼の上にいた彼女がすぅっと堕ちる。そしてその顔はそのまま彼の耳元に近づき・・・

「『私も・・・』」

 3曲目が終了し、予鈴が鳴った。風向きは元に戻っている。彼女はすやすやと眠る彼の横で嬉しそうに寄り添って転がっている。

「うふふ・・・やっぱり八十島君、まだまだ甘いわね・・・そのキーワードは、貴方の後催眠よ。まったくもう、かわいいんだからっ。私の仕掛けた後催眠ですっかり私のキーワードと思い込んじゃって・・・」

 彼女は彼の寝顔を覗き込む。とても穏やかで、まるで子どものような、とてもかわいらしい寝顔。見ていると、彼女も何だか眠くなってきた。

「ふぁ・・・はれ?私・・・」

 そして彼女は、彼に寄り添ったまま・・・二人は幸せそうに今日も校舎裏で眠る。実は彼、催眠の腕では勝てないと思い、自分の寝顔で眠くなる道連れ催眠を彼女に掛けていたのだった・・・

 

「ん?おい、こいつら午後の授業いないと思ったら・・・」

「お?またか、相変わらずお熱いね〜!」

「まったく、こんだけ授業サボって成績表は10だらけだモンな・・・」

「ほんと、うらやましいよ。」

「この天才夫婦め〜!先公にチクんぞ?」

「おぉ?八十島夫妻を怒らせたら、怖いぞ〜?」

「生徒会長と監査委員長だもんな。おお、こわッ!たたりじゃたたり!」

「ははッ、ま、いんじゃネ〜の?それよりカラオケでも行こうぜ!」

 こうして二人は、今日も幸せな放課後を過ごすのだった・・・ 

謎の催眠合戦(完)

 


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